アラサー独女がキャリアとか恋愛とか全部ひっくるめてやりたいことをやり尽くす日々を記録してみる。

このブログは、将来独立を目指す某クリエイターの日々の記録です。 ベンチャーで働く同世代の方や独立を目指す女性に読んで頂けたらと思います。 仕事や日々の生活を通じて、得た経験や知見を共有していきます。

4年間の経験を振り返る①

大学4年の11月から、ソーシャルゲーム会社でゲームの運用を始めて、早4年が過ぎようとしています。

・・・自分で今書いていて「4年も経つのか!」とびっくりしました(笑)

この4年間の経験を、ふと振り返ってみたくなりました。

自分自身の考えの整理という意味もありますが、何か、読んでいる人に少しでも残せたら、と思います。

4年もやっていると、それなりに「ゲームの運用が出来る」域までは来ているかなと思っているので。

◆私の体験(インターン~社会人1年目)


最初は、GREEゲームの「さんごくっ!」というアプリのチームに配属されました。
このチームの長は、Tさんという、今では有名人になっているプロデューサーさんでした。

この時は、インターン生で週3~4日しか会社に来れなかったということもあり、
ほぼアシスタント業務しかしていませんでした。
主に、ゲーム内のテキスト作成などですね。

後はデバッグ。

htmlも少しかじっていた経験があったのですが、そちらではあまり役に立ちませんでした苦笑。

3月からはこれもGREEゲームの「マイハローキティ」の担当に。

この時は、長が途中で退職されることとなり、なんと新卒で、右も左も分からないのに1アプリを一人で担当しなければならないという鬼のような環境でした笑。

スケジュール管理もままならなかったため、共同でやっている会社さんには迷惑をいっぱい掛けたな・・・と思っています。

この時は、私は元々漫画家志望だった経験を活かして、イラスト発注の際に自分でラフを描いて発注していましたね。
取引先の方にはよく褒めて頂いていました!

自分の特技をうまく仕事に活かせた一例でしたね。

その後、これまたGREEアプリの「デュエル英雄譚」へ。
この頃は、社内でも力を持っている方と仲良くなり、「私、あなたみたいになりたいんです!!」とか猛烈に口説いてました笑。

それで仲良くして頂き、得たチャンスが「デュエル英雄譚」でした。
その頃、ソーシャルゲーム業界は「ドラゴンコレクション」というコナミさんが出しているゲームが大ヒットしている頃で、市場全体が「カードゲームを作ろう!!」と躍起になっている頃でした。

その流れは当社でも起こり、一気に新規カードゲームの企画が3つ同時に立ち上がった頃だったのです。

その頃、私は「マイハローキティ」というカードゲームではなく育成ゲームを一人で回していた頃。

「あなたみたいになりたいんです!!」と後の執行役員に言いまくっていたので、「お前、育成ゲームをやっていたら俺みたいになれないぞ。だから、チャンスをやる!」と言って頂き、
「マイハローキティ」と「デュエル英雄譚」を両立させる、という約束のもと、配属させて頂いたのでした。

そんな中、晴れてカードゲームの経験を積めることに!

しかも、そのリーダーの女性は社内でも認められる程、かなり優秀な方でした。

なので、この方が退職されるまで本当にお世話になるのでした。

「デュエル英雄譚」では、イラストの発注を最初させて頂いていました。
ここでもやはり、元漫画家志望(笑)の特性を活かして、自分でラフ描いて発注したりしてました。

ただ、スケジュール管理は彼女がやって下さっていたので、私は指示通りに動いていた感じでしたね。

そんな中、2011年7月!初めてイベントを担当することになりました!
まあ・・・全然うまく作れませんでしたよね笑

まずは「競合分析って何??」「パラメータ設定って何??」「遷移図って何???」からでした。
そんな状態だったので、うまく作れるはずもなく、途中でフォローに入ってもらってしまうという失態!!

この頃からですね・・・ふつふつと「出来ない!!悔しい!!」という感情をよく感じることになるのでした。

その頃・・・。社内でまた新規カードゲームを作る動きが出てきました。
「騎士道」です。

私はその頃も、やはり尊敬する執行役員に「私はあなたみたいになりたい!!」とラブコールを送っていました。

そんな感じだったのと、同時に、ディレクターが一気に辞めた時期だったのが重なり、「お前、騎士道を担当しろ」と言われました。

この時は本当に有頂天になりました。
社会人になってたった半年足らずで、リーダーをさせてもらえるのか!!と!

「自分やばいな・・・(良い意味で)」とか心の中でほざいてましたよ。ええ。

すっかり天狗になってましたよね。

そっちを絶対やりたい!!と思ったので、裏切ることは承知で「デュエル英雄譚を離れる」ことを女上司に告げました。

ただし、「マイハローキティは継続すること」。これは絶対条件でした。

そして、2011年9月。
晴れて「騎士道」のリードディレクターにトントン拍子になった私。
 
新卒1年目の9月でこんな仕事を貰えるなんてチャンスだ!と思ってました。
 
ただ、この頃から私は壁にぶち当たるのでした。
 
まず、交渉力やスケジュール管理。
社会人としての基本的なスキルがなかったことが足を引っ張ります。
 
仕様も作れません。
 
人をまとめることも出来ず、怒られる毎日に生活が一変。
 
「あれ?こんなはずじゃ…」と思いました。
 
後から思えば当然だったのですが、
今まではなんだかんだで先輩たちが影でフォローしてくれていたんですね。
 
それに気づかず、自分の実力だ、簡単だ!と思ってしまっていたのです。
 
私が右往左往しているうちに、外部から出来るディレクターが入社してくる。
 
私はたった一ヶ月でリーダーを降ろされることになりました。
 
後任は、外部から新しく入社してきた経験豊富なディレクターでした。
 
その頃から私は腐って行きます。
 
更に追い打ちをかけるように、同期入社の男の子が大出世。
一気に差を付けられた、とかなり焦りました。
 
ただ、焦っても実力は追いつかず、どんどん仕事が空回るように。
悪循環に入っていきました。
 
この頃、私は「出来ないなら時間でカバーしよう」と思い、徹夜を繰り返すようになります。
 
仕事して、そのまま終電を逃し、朝の4時ごろに会議室で眠り、始業時間にメンバーに起こしてもらってまた仕事…。
 
焦りから、上の人に食ってかかったりなど、生意気なこともたくさんしました。
 
そのような日々を3、4ヶ月続けて、遂に正念場。
 
リリースの一週間前になりました。
 
「最後のブラッシュアップだ!」ということでメンバー全員で寝泊まりする日々が始まりました。
 
「あともう少し!」そう思ってみんなで働くのは、不思議なんですが結構良い思い出です。
 
何か、学生時代でいうところの部活の合宿のような雰囲気なんですよね。
 
ワイワイやってました。
 
ただ、ここで、一つ事件が起こります。
 
「全部作り直し事件」です。
 
今まで、徹夜して作ってきたものが、なんと役員NGが出たのです。
 
みんな顔面蒼白。
 
てリリースまであと一週間しかない。
 
この期日は動かせない。
 
みんなで会社に泊まって、作り直しましたよ。
 
この頃は小さな諍いも出てきたりとかしました。
みんなストレスMAXでしたからね。。
 
極限状態の中、こなしてました。
 
そんな中、なんとリーダーが逃げました。
 
私は、「リーダーに返り咲くチャンスだ」と思いました。

なのに、私はうまく動けず、やはり後から入って来た人に抜かれてしまい、職位としては一番下の仕事をする羽目になりました。

その時の落ち込みようは・・・今でも覚えています。

一応、他の社員さんが、私のことを心配したのか、会議室で二人で話そうと言ってくれました。

そこで、

「どう?『自分はもっと出来るのに・・・』とかそういう気持ちない?」と言われました。

その時、私は「はい」と素直に言えなかったです。

何か負け惜しみみたいでかっこわるいなと思って・・・。

なので、「大丈夫です。確かにそう思わないと言ったら嘘になりますけど、確かに自分はまだ出来ていないことあると思うので、もう一度再スタートだと思って頑張ります」と泣きそうになるのをこらえながら言ったのを今でも覚えています。

とにかくこの頃は焦りしかありませんでした。

後から入社して来た人に良い仕事は持っていかれる。
後からアサインされた人に良い仕事を持っていかれる。
自分が最初からやってきた仕事ってなんだったんだろう・・・。と思う毎日。

更に、その頃、私のことを贔屓してくれていた役員の方にも見限られた感じがありました。

「必ず両立する、と約束したはずのマイハローキティを、騎士道の忙しさを言い訳に、放棄してしまったからです。

「⚪︎⚪︎を見習え」と何度言われたことでしょうか。

毎日徹夜した人に投げかける言葉なのか、と思いました。

この頃は精神的に本当にきつかったです。

その頃、自分のダメさ加減がピークになりました。

何をしても出来なかったんです。
怒られる毎日。

更に、その怒られ方が尋常じゃなかったです。

そして、誰も助けてくれませんでした。

鬱か、鬱一歩手前まで行っていたと思います。

家で母親にも「元気ないね。会社で何かあったの?」と見破られる始末。
ただ、そんな状況だなんて、母親には口が裂けても言えませんでした。

本当に生きているのが辛い、と思ったのは人生で初めてでした。

今までもちろん、悔し涙を流したり、とか色々人並みにありましたけど、
この時ほど生きているのが辛いと思ったことはないです。

私は死んだ方が良いんじゃないか、生きていると迷惑なんじゃないか、そのくらい精神的に追いつめられてました。

「自分はこの会社にいたら迷惑?いない方が良い?この世にもいない方が良い?」そんなことを毎日考えて、自分が自分じゃなくなるような感覚がして本当に怖かったです。

私のことを表立ってかばってくれる人はいませんでした。
本当に孤独でした。

皆、標的になるのが怖い。
だから、標的になっている私を表立ってかばおうとしない。

そんな感じでした。

その頃から、私は人間不信になっていきました。

自分の中で強烈に「誰も助けてくれない。自分で何とかするしかない」という一種の刷り込みがされました。

この状況をどうする?

今の状況は客観的に考えても相当酷い。
会社を辞めるか?

いや、自分の夢をかなえる為にこの会社に入ったのにこんな理由で辞めたくない。

意地でも辞めたくない。

そう、自分自身と相談した時の結論は「辞めない」でした。

じゃあ辞めないことは決めた。
でもこの状況をどう打破する?

誰も助けてくれないよ?

うちは教育制度もない。
自分でやるしかない。
 
そういう結論に達しました。
 
私のインターン時代~社会人一年目はこんな感じです。
 
社会人1年目を振り返って得られた教訓
 
チャンスは人から得られるということ
 
振り返ってみると、私が今の会社に出会ったきっかけや、リーダーを曲がりなりにも任せてもらえた時を振り返ってみると、
いつもそのチャンスは「人から貰ったものだ」と書いていて気付きました!(笑)
 
まだ、1年目でしたし、怖いもの知らずも手伝っていたのかもしれません。
 
「自分はこういうことがしたい」「こうなりたい」「今の状況」をよく周りに伝えていたな…と。
 
また別で書きますが、私は落ち込んだりすると殻にとじこもる癖があります。
 
なので、殻に閉じこもるのではなく、もっと意識的に今後も周りに自分のやりたいことなどを伝えていこうと改めて思いました。
 
過去の自分を振り返ってみて初めて気付けて良かった(*^^*)
 
社会人2年目以降は続くということで。